むかつく後輩に脅されています。
「バカ言わないで」

 私は相楽の手を振り払った。弁当箱を片付け、慌てて戸口へ向かう。背後から呻き声が聞こえてきた。

「あ、痛っ……」

 振り向いたら、相楽が腕を押さえていた。私は慌てて彼に駆け寄る。

「大丈夫? ごめんなさい。そっちの手に当たった?」

 相楽がくく、とわらう。こちらを見る目は緩んでいる。

「先輩って優しいですよね。そういうとこ好き」
「騙したの!? このチャラ男!」

 彼はスマホを取り出し、こちらに向けた。

「先輩の描いた漫画、みんなに見せちゃおっかなあ」
「な……」

 画面に表示されているのは、私の描いたBL漫画。

「消しなさいよ、ばか!」

 手を伸ばしたら避けられた。相楽は唇に弧を描く。

「怪我が治るまでの三カ月、俺のことは義明、って呼んでくださいね、ゆり先輩」
「……っ」

 私はぎりぎりと歯噛みした。





「ねえ相楽くん、怪我大丈夫〜?」
「ごはんとか大変じゃない? 作りに行こっか?」

 女子社員たちが上目遣いで相楽に話しかける。触れるか触れないかのボディタッチ付きだ。相楽は笑顔で返した。

「大丈夫です。適当に済ませるんで」

 大丈夫なら、さっきの言葉も撤回しなさいよ。私は内心毒づいた。

 就業時間になり、フロアには人がまばらになってきた。残っているのは、相楽とそれを取り巻く女子社員だ。私が打ち込みをしていると、相楽がキャスターを転がし、こちらにやってくる。

「せんぱーい、まだ帰らないんですか?」
「仕事が残ってるの」
「早く帰ってBL漫画描きたいでしょ」

 私が睨みつけると、相楽がにやにやした。むかつく……。女子社員たちは粘っていたが、相楽の反応が芳しくないのを悟り、こちらをチラチラ見ながら去って行った。私は相楽を横目で見る。
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