むかつく後輩に脅されています。
「あなたも早く帰ったら。よく眠ると、骨がくっつくそうよ」
「先輩がキスしてくれたら帰ろっかな」
「ばかじゃないの」
「先輩って口悪いですよね。そこも好き」

 全くよく口が回ることだ。私は相楽を無視した。カタカタとキーを叩く音だけが響く。相楽はくるくる椅子を回したり、スマホをいじったりしていたが、よたよた立ち上がって歩いていく。ようやく帰る気になったか。そう思っていたら、奥からがしゃん、という音が聞こえてきた。

「!?」

 私は慌ててそちらへ向かった。給湯室で相楽が倒れている。

「ちょっ、大丈夫!?」
「痛え……」

 駆け寄って抱きおこす。彼の足元には、プラスチックのコーヒーカップが散らばっていた。

「なにしてるのよ」
「先輩にコーヒー持ってこうかな、って」

 相楽は叱られた犬みたいな顔をしている。

「自分でやるわよ、それくらい」

 私はため息をついて、相楽を立たせた。

「座ってなさい。私が淹れる」
「すいません、先輩」

 相楽は心なしか肩を落として、ひょこひょこ自分の席へ戻っていく。まったく。私はコーヒーを淹れ、フロアに戻った。相楽はちんまり椅子に座っている。

「はい」

 カップを差し出すと、相楽が顔をあげた。本当に顔だけはいい。私の好みじゃないけれど。

「ねえ、あなたならお世話してくれる彼女の一人や二人いるでしょう」
「二人っておかしいでしょ。先輩、俺にどんなイメージ持ってるんですか」
「そんなイメージよ」
「……ひどいっす」

 相楽がむくれた。

「俺結構一途なんですよ。ここ一年くらい、彼女いないし」
「ああそう」

 果たして、それが一途だということの証明になるだろうか?

「先輩もいませんよね、彼氏」
「だったら何」

 もっとも、彼氏なんていたことがないのだが。

「ちょうどいいですよ、俺たち」
「なにがちょうどいいの」
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