むかつく後輩に脅されています。
「はい、吉永です」
「あっ、先輩。俺俺」

 私は反射的に通話を切った。間髪入れず、また電話がかかってくる。

「……なによ、相楽」
「なんで切るんすかあ」
「いま原稿で忙しいの」
「日曜日だし、二人きりで会いたいです」

 なぜ日曜日まで、うざい後輩に会わなければならないのだ──。

「そんな暇ないわ」
「なら、俺が先輩の部屋に行きます。それならいいでしょ?」
「はあ? ちょっ」

 いきなり通話が切れた。私は怪訝な顔でスマホを見る。なんだったんだ? まあいい。原稿の続きを描こう。カリカリペンを走らせていたら、インターホンが鳴った。なんだろう? 見本誌が届いたのだろうか。

「はーい」

 私はペンを置いて、玄関に向かった。がちゃりとドアを開くと、松葉杖をついた相楽が立っていた。

「どーも、郵便でーす」
「ちょっ」

 彼はふざけたことを言いながら私の脇をすり抜け、室内に入ってきた。キョロキョロ辺りを見回す。

「ここが先輩の部屋かー漫画がたくさんありますね」
「ちょっ、勝手に見ないで」

 相楽は足をひょこひょこ動かしながら、本棚に向かう。一冊抜き出して、パラパラめくった。

「なんかこの本薄くないすか? え、これで800円? たかっ」

 私は相楽から同人誌を奪い取る。トレース台を掲げて、低い声で言った。

「命が惜しければ座りなさい」
「いや、それ壊れたら先輩が困るでしょー?」

 相楽がけらけら笑った。図星だからムカつく。私はコーヒーを淹れて、相楽に渡した。

「なんでうちを知ってるの」
「原稿入った封筒に書いてあったので」
「大人しくしててよ」
「はぁい」

 相楽はクッションにもたれ、ニコニコ笑った。返事だけはいいのだ、こいつは。カリカリペンが走る音が室内に響いている。やけに静かだな……。

 ちらりと振り返ると、相楽がすやすや寝ていた。人んちにきて速攻で寝るとか、なんなの、こいつは。

 寝息を立てるたび、長い睫毛が揺れている。手に持ったカップが、落ちそうになっていた。危ないでしょうが。私はため息をつき、カップを取り上げる。
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