むかつく後輩に脅されています。
「ん〜、ゆり先輩〜」

 私はぴたりと動きを止めた。

「やめてくださいよ、いてっ、うわっ、それ投げたら死にますって」

 どんな夢を見てるんだ、こいつは。

「ちょっと相楽、こんなとこで寝ないで」

 彼を起こそうと肩に触れたら、その手を掴まれた。

「!」

 片腕で引き寄せられて、相楽との距離が縮まる。私を見つめる、相楽の瞳が緩んだ。

「あ、あんた起きてたの」
「先輩、すっぴんでも美人ですね」

 質問に答えなさいよ。そう言う前に、相楽の唇が近づいてくる。私は慌てて、彼の頭をおさえた。

「なにしてるのよ」
「だって俺たちカレカノだし。キスくらい普通でしょ」

 唇が近づいてくる。私はぎゅっと目を瞑った。──ちゅっ。
 相楽の唇は、額に落ちた。おそるおそる瞳を開いたら、彼はじっとこちらを見ていた。目が合うと、嬉しそうに笑う。

「先輩のおでこ、すごい可愛い」
「……っ」

 私は真っ赤になって、相楽を押しのけた。

 玄関に向かった相楽は、私に手を振る。

「じゃあまた月曜日に」
「明日もあんたに会わなきゃいけないなんて最悪」

 私は目をそらしながら言った。

「俺は嬉しいです。先輩とずっといっしょにいられて」
「うるさい。はやく帰りなさいよ」
「はぁい」

 相楽が出ていって、私はずるずる体勢を崩した。ドクドクと心臓が鳴り響いている。

 ──あぶなかった。

 あんなの、あいつは慣れっこなんだろう。キスも、もちろんそれ以上も。

「……ばか……」

相楽にキスされた額が、妙にじんじんとしびれていた。





 翌朝、エレベーターに乗り込むと、松葉杖をついた男が私に続いた。

「先輩、おはようございます」
「お……はよう」

 私はじりじりと相楽から離れた。相楽が不思議そうにこちらを見る。

「なんで離れるんすか?」
「べつに」

 相楽は私にひょこひょこ寄ってきて、顔を覗き込んだ。
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