幻獣サーカスの調教師
「はい!」

摘んできた花の一本を、妖精へと渡していく。

妖精は花を受け取った途端、弾かれたように花へと顔を埋めた。

ズズッという吸い上げるような音から、花の蜜を飲んでいるのだと分かる。

他の妖精達にも、同じようにそれぞれに合った花を渡していくと、皆花の蜜を飲み始めた。

(……よかった。故郷の味って訳じゃないけど、花の妖精には花の蜜がいいと思ったんだ)

蜜を飲んだ妖精は、金色の光を纏って、元の綺麗な姿に戻る。

そして、ルルの目の前にいた妖精は、小さく羽を動かした。

まるで、お礼を言われてるみたいだ。

「まだおかわりあるよ?」

同じ種類の花を差し出すと、妖精は首を振った。

そして、羽を震わすと鈴のような「リン」とした音が聞こえた。

「?どうしたの?」

「もう充分だと」

何をしているのだろうと首を傾げると、意外な方向から答えが返ってきた。

ルルは声の主を振り返る。

相変わらず不機嫌そうな顔でルルを見ているが、ルルは前ほどリュートが嫌だとは思わなくなった。

「リュートは、妖精さん達の言葉が分かるの?」

「エルフだからな。妖精だけじゃなく、幻獣達の言葉は全部分かる」

ふてぶてしい声で答えるリュートに、ルルはふと思い出す。

「じゃあ、ショーの時に人魚さんが歌ってた歌の歌詞も?」

あの時、人魚はどんな気持ちであの歌を歌っていたのだろうかと気になっていた。

「あれは、故郷を思う歌だ。帰りたいという意味を込めた、悲しい歌。お前達の言葉に言い直すなら―」

リュートは遠くを見ながら、淡々と歌詞を復唱する。

「遠き記憶よ 海の星よ いつか帰りつくその日まで 私の命を燃やしておくれ 海の粒が弾けたら 私の声を届けておくれ もしも私が帰れぬならば この身を離れて魂だけで 愛しい故郷へまい戻ろう」

黙ってリュートの言葉を聞いていたルルは、胸が苦しくなるのを感じた。

あの人魚は、歌詞の通りに、魂だけでも生まれた故郷へと帰れたのだろうか?

「……死んだ後の事なんか、死んだ奴にしか分からない。だから、お前が泣いても何の救いにもならないだろ」

「……分かって……る」

いつの間にか泣きじゃくっていたルルに、リュートは淡々と返す。

けれども、もしルルがこの時顔を上げていたら、リュートがどんな顔でルルを見ていたか、泣いてるルルに何を思ったのか分かっただろう。

だが、ルルは人魚があまりにも可哀想で、膝に顔を埋めて泣いていた。

人魚が死んだあの時、ルルは昔死んだ鳥を思い出した。

小さくて可愛くて、でも酷い怪我をしていて、ルルは何とかその子を助けてあげたかった。

だが、こっそり面倒を見ていたことがバレて、父親に小鳥を取り上げられ、目の前で地面へと叩き付けられた。

小鳥はすぐに動かなくなり、ルルはその時、心が凍っていくような感覚を味わった。

動かない鳥、まだ翼を広げ、いくつもの空を飛び回れたであろう命。

それを、父は笑って奪った。

けれども、ルルは父に逆らうことも出来ずに、動かなくなった小鳥を埋めていた。

あの時と同じ思いを、これから先何度でもするのだとリュートに言われた時、こんな所になどもう居たくないと思った。

サーカスを飛び出して、どこまでも逃げ出したい衝動に駆られた。

けれども、出来なかった。

腕に着いた首輪を見ると、死にたくないという思いが沸き上がる。

それに、ラッドのことが頭の中に浮かぶと、どうしても逃げ出すことが出来なかった。

だから、ルルはここに残った。


ラッドの元へと行くと、檻の中に入り、すがり付くようにラッドの顔へと頬を寄せる。

(……私の、希望)

その希望を壊させないためにも、ルルは生き抜こうと誓った。
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