幻獣サーカスの調教師
赤く染まる
ショーから数日後のこと。

ルルは妖精のために花を摘んで、テントに戻ってきた。

すると、見知らぬ馬車がテントの前に丁度止まった。

そして、少し年を取った男女と、幼い少女が降りてきて、テントの中へと入っていく。

不思議には思ったが、恐らく団長の知り合いだろう。

ルルは妖精達に花を渡すため、テントの中へ入る。だが、幻獣の部屋を通る前に、団長の仕事部屋がある通路を通らなくてはいけない。

勿論、聞き耳をたてるつもりは無いので、さっさと通りすぎるつもりでいるが。

「………ドを?」

「ええ……ひき……たいの」

仕事部屋の前を通った時、ルルは不意に聞こえた単語に足を止めた。

もしかしたら聞き間違いだったかもしれない。けれども、今確かに、ルルのよく知っている名前が聞こえた。

いけないことだとは分かっている。だが、ルルは気になって仕方無くなった。

心の中にじわりと不安が広がっていく。

出来れば聞き間違いであってほしいと思いながら、ルルは足音に気を付けてドアへと耳をくっ付けた。

くぐもっているが、何とか会話の内容を拾うことができ、ルルの顔は青ざめていく。

そして最後まで聞く前に、ルルはラッドのいる部屋へと走り出した。

恐らく足音から、聞き耳をたてていたことはバレただろうが、そんなことに構っている暇はない。

(どうしようっ……どうしよう?!)

ルルの頭の中に、先程の言葉がこだまのように響く。

『ラッドを買い戻したいんですの。元々主人が捕らえたのですし、随分従順になったのでしょう?……娘が欲しがっておりましてね。構いませんわよね?』

『ええ、勿論ですとも!それで、いくら位出していただけるんですか?』

嬉しそうな団長の言葉に、ルルは強く唇を噛み締めた。

(団長さんは、ラッドを売る気なんだわ!)

納得できない。許せないと言う気持ちがルルの中で渦巻いている。

十歳の頃からずっと一緒にいた相棒、我が子のような存在。

大切な友達を、奪われるのなんて耐えられない。耐えられる訳がない。

(ラッドを、隠さなきゃ。……でも)

隠すだけでは駄目だ。何とか諦めてもらわなければ。

「ラッド!!」

幻獣の部屋の扉を乱暴に開け、幻獣達は驚いてルルを見る。だが、ルルは幻獣達を見ることなく、ラッドのいる部屋のドアへと走りより、再び乱暴に開けた。
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