幻獣サーカスの調教師
『ガウゥゥゥゥ!ガァァァァァァ』

興奮状態に陥っているラッドは、ルルが寝込んでから一切餌を口にしていない。

だから、余計に苛立っていた。

「血の味を知ったからか。……お前、あいつも食う気だったか?」

ルルが目覚めるまでラッドの世話を任されたリュートは、冷めた目でラッドを見ていた。

エルフであるリュートでも、今のラッドの言葉は理解できない。

言葉になら無いただの唸り声でしかないからだ。

「人間と幻獣は、根本から違う。俺達エルフは、姿だけでなく、考え方や行動が人間に近いから、血に狂うことは無い。だが、元々人間を食べて生きる幻獣は、本能で動く。お前のようにな」

だから、必要とあれば平気で共食いをすることもある。

今回のように、例え相手が今まで世話をしてきた相棒だったとしても。

(……あの男は、元々ラッドを親子ごと捕まえた男だ。正確には奴の部下が捕まえたらしいが、母親と引き離され、人間への恐怖を植え付けられたことから、ラッドはあの男を覚えていたんだろう)

ラッドの親は、実験に使われて死んだらしいことは、風の噂で聞いた。

親を奪われたこと、与えられた苦痛、そのすべてに繋がっていた貴族の男を、憎んでいるのは当然だ。

そして、怒りに任せて男を襲い、初めて味わった人間の血に味をしめたのか、ラッドは男の家族にも牙を向けた。

そして、それを庇おうとしたルルにも。

(……あいつの心には、深い傷が残った)

普通の獣よりも賢いから、人と同じだと錯覚し、彼女はラッドを信じた。

その結果が、この有り様だ。

幻獣と人は本来干渉しあってはならない。今回のことで、ルルも分かっただろう。

(……団長は、どうするつもりだろうな)

あの団長が、ラッドとルルを普通に楽にするとは思えない。

人魚の時のように、恐らく見世物にして処刑する可能性がある。

きっと、ルルには耐え難い方法で。

ショーの合間に、ルルに手を下させるのか、あるいは両方同時に処刑するのか。

だが、ルルが鞭で叩いて従わせるのは、ラッドにはもう無理だろう。

(いや……幼獣の時に世話をしたルルになら、まだ従うだろうな)

牙を剥き出し、怒りを露にしながらも、ラッドは恐らく従う。

そんな気がした。
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