幻獣サーカスの調教師
(……ノエンさん)

雨に濡れるノエンの姿を、ルルはただ見ていることしか出来なかった。

リュートから貰った耳当てのおかげで、鏡を見るのがそこまで苦ではなくなったが、それでも、前の自分ではない気がして、悲しくなる。

あれから、何故かノエンの顔をまともに見ることが出来ない。

彼の目から写る自分は、どんな風なのだろうと想像すると、前のように弾んだ気持ちでノエンの側にいられない。

そのくせ、ノエンの側に居たいと思っている。

正反対の気持ちを、矛盾を抱えていた。

(……私……どうしたいの?)

自分が何をしたかったのか、それすらもう分からない。

他の幻獣達は、ラッドよりも聞き分けが良いから、今のところルルの手を焼かすような子はいない。

ラッドとの間に壁が出来たあの日から、ルルは幻獣という生き物を、心のどこかで恐れるようになった。

本当は、本音を言ってしまえば、もう「幻獣の調教師」でいたくなかった。

けれども、ルルはラッドの側にいる道を選んだ。

それは、酷く辛い道だと知りながら。

(私はラッドを恐れながら……ラッドをまだ大切にしたいんだわ)

例え前と同じように接することが出来なくても、ラッドを拒絶したいと思いながらも。

それでも、ルルは簡単にラッドを切り捨てることなど出来ない。

何故なら、ルルの心の奥深くに「ラッド」と言う存在が刻み込まれているのだ。

そうなるだけの時間を、共に過ごしてきたのだから。

(……だから、私は最後までラッドと居るわ)

ラッドが死ななければいけないと言うのならば、ルル自身も命を差し出すべきだと思った。

(……ねぇ、ノエンさん)

ルルは心の中でノエンへと声をかける。

(貴方が私を可愛いと言ってくれた時、お世辞だったとしても本当に嬉しかったの)

自分の器量は、自分でも良く分かっている。

それでも、純粋に嬉しかった。

(……好きよ。私、貴方が好きです)

けして口に出すことなく、ルルは悲しげに微笑んだ。

この言葉と気持ちは、死んだ後も自分だけで背負おう。
そう誓った。
< 43 / 53 >

この作品をシェア

pagetop