幻獣サーカスの調教師
食べるつもりなのだろうかと思いながら、ノエンはただラッドを見上げる。

失って、自分の手で壊して、ノエンは初めて気付いた。

(私も……ルルさんが……好きだった)

今更気付いたところで、もう遅い。

「……どうぞ、食べるならお好きに。もう抵抗はしません」

ノエンは目を閉じ、くる痛みや苦しみに備えた。

『ガァァァァァっ!』

雄叫びのような声をあげ、ラッドは二人へと顔を下ろした。

「………え………?」

だが、ラッドはノエンなど見向きもせず、ノエンの腕の中にいるルルの死体を加え、そのまま持ち上げる。

(……ルルさんから先に、ということか?)

昔見た光景のように、ラッドはルルを噛み砕くつもりだろうか?

だが、ラッドは口元に力を込めることなく、背を向けてリュート達の元へと向かう。

「どういうつもりだ!?」

ラッドに怒鳴るが、ラッドは振り返らない。

その代わりに、リュートがノエンの側へ寄ってきた。

「ルルは俺達の仲間になる。だから、連れていくだけだが?」

「何を……言っているんです?」

もう死んでいると言うのに。彼女の死体をどうしようと言うのだろう?

「ルルの体(器)が残っているのならば、何の問題も無い。そして、俺も『エルフ』であることにかわりない。この意味が分かるか?」

「!……まさ……か……」

「お前に構っているほど、こっちも暇じゃないんだ」

リュートはラッド達の側へ寄ると、懐から水晶玉を取り出す。

「ルルが首輪を外してくれたおかげで、魔力を溜め込む時間が十分出来たからな。俺達は俺達の世界で、『幻獣の楽園』で生きることにした」

そう言うと、水晶玉を高く掲げる。

すると、青白い光が燃え盛るサーカスを包み込んだ。

ノエンが目を開けた時、焼け落ちたサーカスのテントや残骸、団長だったであろう、黒こげの死体が目の前に広がり、幻獣達の姿はどこにも無かった。


そして、その後ノエンが何処に消えたのかは、誰にも分からなかったらしい。

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