幻獣サーカスの調教師
肩にベルトを斜めから掛けて、鍵盤の付いた方を右側に持ってくると、左手は蛇のように伸び縮みする蛇腹の付いた持ち手へと添えると、ラッドのいる檻まで戻ってくる。

再びやって来たルルに警戒したラッドが低く唸った。

ルルはラッドの目を見てから、ニコッと無理矢理笑みを作る。

(怯えてる所を見せちゃ駄目)

動物は感情に敏感だ。それは、幻獣でも変わらないだろう。

何より、怯えているだけの人に、自分だったら安心出来ない。

自分が味方であると思ってほしいのなら、こちらから踏み込まなくては。

『……』

ジッとこちらを伺うラッドに、ルルは少し安心した。

先程よりも唸る声が小さくなったのだ。

(大丈夫)

ルルは歌う時のように息を軽く吸い込むと、そのまま演奏を始める。

奏でられるメロディーにのみ耳を傾け、集中する。

『……』

ゴロゴロと喉を鳴らすような音が聞こえ、ルルはラッドを見る。

まるで猫のように体を丸め、耳を澄ましている姿に、ルルは胸の奥が暖かくなる。

(良かった)

まずは、自分への警戒を解いてもらうことと、落ち着かせることには成功したらしい。

だが、これだけでは、言うことを聞いてもらえないだろう。

まずは、もっと仲良くなることから始めなければ。

「煩いな。何の音だ?」

「!団長さん」

後ろから聞こえた声に演奏を止めると、ラッドはまた低く唸り出した。

それにハッとして、ルルはまた演奏を始める。

「……ほー。あのマンティコアが、大人しくなるとは。……これなら、次のショーに出せそうだな」

ボソッと呟かれた言葉に、ルルは聞き返すことをしなかった。

一通り演奏が終わると、ラッドはすやすやと寝息をたてている。

恐ろしい見かけだが、まだ母に甘えていても良いほどの子供なのだ。

ルルと同じように。


「……団長さん。ラッドをショーに出すんですよね?」

「聞こえていたんだな。そのとおりだ」

ルルは団長とテントの外へとやって来ると、団長を見上げた。

シルクハットから覗く目が、ルルを見下ろしている。

「お願いがあります」
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