幻獣サーカスの調教師
ルルは時々、団長がショーの練習をしている幻獣やエルフを、鞭で打っている姿を見ていた。

一度、エルフの体が血で汚れ、顔も腫れきっている姿に耐えきれず、止めてほしいと頼んだことがあったが、今度はルルが頬を張り倒された。

その後、鞭を構えた団長は言った。

『幻獣が少し言うことを聞いたくらいで、何でも思い通りになると思ってるのか?いいか、お前はここに売られたんだ。つまり、ワタシの所有物になったお前が、ワタシに意見することは許されない。もし今度舐めたことを言ったら、お前が死ぬまで鞭で叩くぞ』

あの時から、ルルは恐怖で団長に従っている。

子供の力では、自分より大きく、力もある大人をどうにかすることなど出来ない。

ルルは恐怖で従い、しかしラッドは恐怖を怒りに変えて反発していたのだ。

『ウォン!』

「あ、ごめんね。……?あれ?」

鼻を擦り寄せてきたラッドの顔を撫でながら、ルルは視線を感じ振り返った。

そこには、エルフの少年がいて、柱の後ろに隠れるようにしながらも、顔を覗かせている。

(何してるんだろう?)

心の中で首を傾げると、ラッドもエルフの少年をジッと見ていた。

唸る様子が無いことから、警戒はしていないようだ。

「……何か用?」

「……別に」

「……そう」

顔を反らした少年に、ルルも頬を膨らます。

同じサーカスの仲間なのだから、仲良くはしたいのだが、少年の言葉や態度は、いつもルルの心に刺さる。

「何で檻の外に出られたの?」

エルフの少年がいる檻は、団長が持っている専用の鍵でしか開けられない。

ここにいるということは、団長が出したのだろうが、団長の姿は見えない。

「……知り合いが来たから、話をしてるんだと。……これで満足か?ミソッカス」

「答えてくれてどうもアリガトー。後、私の名前はルルだもん。ガンクロクロスケ」

少年の肌は褐色で、ルルは仕返しにそう呼んでいる。

ルルは顔にソバカスが散っていて、お世辞にも美少女とは言えない。

笑えば、見ようによって可愛く見えるが、ルルはここに来てから、笑ったことは殆ど無い。

せいぜいラッドといる時だけだ。

それに、両親からも醜いや、ミソッカスなどと良く言われていたし、回りの人も似てない親子だと言っていた。

母はとても美人だったし、父も決して顔が悪い訳でもない。

なのに、ルルはどちらにも似なかった。

美人でなくとも、せめてソバカスさえ無ければ良かったのにと思うが、こればかりはどうしようもない。

「……じゃあ、私達もう行くから。おいで、ラッド」

「一つ忠告してやる」

「?」

ラッドを連れて去ろうとしたルルは、少年を振り返り言葉を待つ。

「お前がいくら心を砕いても、幻獣は決して人間と同じじゃない。勘違いは身を滅ぼすという言葉を、せいぜいその小さい頭の中に叩き込んでおけ」

「……意味分かんない」

「忠告はしたからな。さっさと行けカメムシ」

新しい呼び名に、ルルはカチンときた。

「私そんなに臭くないもん!べーっ!」

舌を出して、ルルはラッドと共に走り去る。


「……餓鬼」

少年は顔をしかめてそう呟くと、柱へと背を預ける。

最初は気に入らなかった。今も気に入らない。

だが、団長よりはマシな人間だとは思う。

それに、団長にさえ牙を剥き出しにしていたラッドが、たった数日でルルを受け入れた。

それに関しては、関心はした。

それに、ルルが音楽を演奏していると、隣の部屋である幻獣の部屋にまで聞こえてくるので、少年はその音楽を子守歌の代わりとしていた。

だが、人間という生き物の残酷さを、身をもって知った少年は、ルルを心から信じることなど出来ない。

今はまだ無知なだけだが、これから彼女が大人になり、今よりもっと多くの知識を得た時、彼女は果たして今と変わらずにいられるだろうか?

だから、念のために忠告をした。

少女が自分で自分を破滅へ追い込む可能性を見越して。

それでも、その忠告を無視した先に何が待っていようと、どうでもいい。

(……人間なんて、滅びれば良い。穢れた生き物なんて)

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