幻惑な夜
「あーあ、あの店もう駄目だな。ガラガラじゃんか」

NBAが今度は窓を全開に下ろして言う。

俺はチラッと横目で左の窓を見る。

目に入ったのは、赤い提灯が軒先にいくつも吊されているラーメン屋だった。

閑散とし、客がほとんどいない店内が一瞬通り過ぎて行っては消えた。

フッと、記憶の残像が浮かびあがる。

「あのラーメン屋さあ、昔凄かったんだよ並んでて。ラーメン一つ食べんのに一時間近く並んだんだから。知ってたあ」

「知ってる」そう思わず口に出そうになったのを、俺は寸前で止めた。

建て付けのドアが外され、開店中は冬でも吹きっさらしのそのラーメン屋を俺は知っていた。

カウンターだけの店内はいつも満席で、順番を待つ人達が大勢歩道に列をなしていた

環七名物として、当時はテレビや雑誌に何度も取り上げられたはずだ。

実際、俺もこの店のラーメンを並んで食べた事がある。


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