幻惑な夜
「そこら辺でいいよ、止めてくれ」

ワンメーターをけちったのか、いい加減俺の運転が嫌になったのか、NBAの声が聞こえる。

「あ、でもお客さん、この先の突き当たり右に曲がれば、さっきの道まですぐですから」

「いいよここで。ここから家まで5分とかからないから、もったいない」

もったいない? 何が?
やっぱりワンメーターが? そう思ったとき、ダッシュボードに付いてるメーターが一回りする。

毎度。

俺は口に出さずにそう言ってから、耳をすます。

後ろのNBAの舌打ちを聞き逃さないためだ。

…静寂。
何も聞こえない。

俺はずれているルームミラーを、後ろのNBAの顔が写るように動かす。

あからさまに、左手でカクカクとだ。

NBAの顔がルームミラーに写っている。

NBAはミラー越しに俺を見ている。

その顔は平静を装っているが、きっと口の中では舌打ちを爆発させているに違いない。


< 17 / 69 >

この作品をシェア

pagetop