幻惑な夜
「10万円だ、10万円だ」

女の子のその声に反応して、俺が後ろに視線をやると、女の子がバイキンマンのぬいぐるみを囓ってこっちを見ている。

「みっちゃん、いけません」

太った妊婦のお母さんが、みっちゃんの膝を叩いてたしなめる。

「だって10万円だよ、お菓子いっぱい買える」

みっちゃんはお母さんにそう言うと、俺の顔を見ながら「10万円、10万円」と、もう一度言った。

お母さんは引きつった笑顔を作ると、読んでいた週間誌に目を戻す。

受付の女とピンクの看護婦、みっちゃんは別として太った妊婦のお母さん。

三人が三人、誰一人として俺の顔を見ようとしない。

誰も俺の顔を見ようとしないが、何だか100人くらいの目で見られているような気がする。

…嫌な気分だ。
…何だか息苦しい。


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