幻惑な夜
「いやらしい…」
そう言った恭子の笑みで俺は目が覚めた。

00:41
ダッシュボードの緑のデジタルが闇に浮かんでいる。

NBAを降ろしてから、30分近くも俺はこうして眠っていた事になる。

タクシーの中でシートを倒し、制帽を目深に被って横になっているだけのつもりだったが、まったりと眠ってしまったらしい。

…いったい何なんだ。

夢などめったに見ない俺が…、
しかもあんな昔話しの夢を見るなんて。

背中にねっとりと、変な汗をかいているのに気付く。

嫌な感じだ…。

今まで見た事もなかったあんな昔の夢を見たのは、やっぱり、俺が今いるこの場所と関係しているのかもしれない。

俺のタクシーは、石神井川に掛かる橋の上に駐車している。

橋と言っても、やっとこさ二車線くらいの幅で、長さも車が三台くらいしかない小さな橋だ。

橋の上には俺のタクシー以外は停まっていない。

静かだ。
駅から少し離れたこの場所は、このくらいの時間になると人の姿は疎らだ。

…変わらない。

昔も今も、それは変わっていないようだ。


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