幻惑な夜
後ろに車が来ていた事など全く気付かなかった俺は反射的にハンドルを右に切ってしまった。

すぐさま左手に現れたのがこの橋だった。

俺は当たり前のように橋の上に車を止め、そしてサイドを引いたと言う訳だ。

この橋もまた、昔と何ら変わっていない…。

「ちょっと、あぶないよぅ」

遠くで女の甲高い声が響く。

「だいじょぶ、だいじょぶだぁ」

と、志村けんを真似た男の声がかぶさってから、二人の爆発した笑い声が響きわたった。

俺は倒したシートに横になりながら、首だけを軽く持ち上げる。

フロントガラス、制帽のツバで狭くなった視界に見えたのは、自動車を二人乗りしているカップルだ。

ヨタヨタと蛇行しながらこちらへと近付いて来る。

「やべ、吐くかもしんない」

男はそう言うと、喉を鳴らして唾を吐いた。

「きたないなぁ」

ケラケラ笑う女の声に、男のバカ笑いが続く。


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