幻惑な夜
…「あ、どうも、わたしアザミスーパーと言う店で店長をしているカミサカと申します。大変失礼なのですが、杉山恭子さんさんと言う方をご存じでいらっしゃいますでしょうか?…ご存じでいらっしゃる? ああ、そうですか、 旦那さん? …身内の方で? …実はですね」

男の声でそんな電話が掛かって来たのは、ついさっきの事だ。

俺は部屋のテレビで競馬中継に夢中になっていた。

いや、夢中じゃないな。
無我夢中だ。

9レース、俺が買っていた人気薄の単勝馬券。

その馬が4コーナーを周っても独走状態で先頭を走っていた時に、電話のベルは鳴った。

当然電話などどうでもよく、テレビを見て「嘘! 嘘! 嘘!」と俺はバカみたいに叫び続けていた。

ゴール前10メートルを切ってもその馬は先頭で、後ろの馬は3馬身くらい離れている。

やった! 絶対やった!

俺がそう確信した時、勝利の女神はニヤリと嫌な笑みをもらした。


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