幻惑な夜
先頭を走っていたその馬は、後ろから何かで引っ張られたかのように、いきなりスピードをガクンと落とした。

「あーっと、どうしたんでしょう。故障か? 故障でしょうか?」と、テレビの中でアナウンサーが叫んでいる中、その馬は完全に止まってしまった。

電話がまだ鳴りやんでいないのに、俺はその時気付いた。

何で電話は留守電に入れ替わらない?

テレビで他の馬が次々にゴールして行く映像を見ながら、ふと疑問に思う。

映像が替わって、俺が買っていた馬券の馬が映し出される。片足を浮かせて立ち尽くして震えていり。

単勝58倍の馬。
×2000円だった馬。
…おいおいおい。

そんなとてつもない喪失感が、すぐにそんな疑問を追いやってしまう。

電話は鳴り続けている。

「しつけぇ、」とボソッと呟いてから、俺はそのカミサカとか言う男から掛かって来た電話を手に取ったんだ。


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