幻惑な夜
その中国人の事を考えている内に、前に並んでいるタクシーが次々に客を乗せてはタクシーループの列から解放されて行く。

ピチっとした黒いスーツを着て、京王デパートの紙袋を持っている女が前の個人タクシーに乗ったら次は俺の番だ。

その次に待っているNBAが露骨に嫌な顔をしてこっちを見ている。

何だよ、さっき乗っても今乗っても結局同じじゃねぇか、とでも言いたげな顔をしている。

いや、もしかしたら前の個人タクシーの車が日産のフーガで、俺の車がトヨタのコロナと言う、埋める事の出来ない決定的な差に絶望しているだけなのかもしれない。

俺が客でもフーガの方がいい。

黒いスーツを来た女が、垂れてくるストレートの髪を耳にかけながら個人タクシーのフーガに乗り込む。

前のフーガが乗り場を離れると、同じテンポで俺はタクシーを乗り場に滑り込ませた。

後ろのドアを開けた時、何だかバニラの甘い香りが微かにして、黒いスーツの女が付けていた香水かもしれないと思う。




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