幻惑な夜
「嘘だぁ! コンタクト落としたぁ」
女の泣きの入った声が下から聞こえた。

あっかんべぇをしてて、頭をはたかれた瞬間にコンタクトを下に落とした。

笑える。

俺は思いっきり声を出して笑ってやろうかと思ったが、やめた。

ドアを挟んでも俺の笑い声は、当然外の二人に聞こえるはずだ。

俺がほんとにドアのレンズから二人を覗いているのを知ったら、何だか逆ギレでもされそうな気がする。

ドアをガンガン蹴られたり、怒鳴られたりしたら面倒だ。

「ちょっと信じらんなんなぁい、うっそー! なんか死ぬほどムカつく。あたし、今まで生きてて一番最悪かもしんなぁい、これ」

「マジで?」

マジって…。
今までの人生でコンタクト落としたのが一番の最悪って、幸せな人生だな、おい。

俺は相変わらずレンズを覗いているが、二人の姿はもうレンズの中にはいない。

床に這い付くばって必死にコンタクトを探しているようだ。


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