幻惑な夜
女は上下、白のジャージを着ている。

自販機の明かりに一瞬照らされた女の髪は、茶色がかって見える。
後ろで一つに纏めた髪がユサユサと揺れている。

間違いない、さっきの女だ。

俺が思わずハンドルを右に切って、こんな橋の上で黄昏る時間を作った女…。

昔と何一つ変わる事のなかったグレーのマンションから出て来た女…。

…まさかなと否定しながら、まさかじゃないと肯定している自分がいる。

「ここら辺も昔とは随分と変わってしまって。私がこっちにいたのは中学卒業するまでなんですけどね。それからはずうっと大宮で、もう40年以上も経ってるんですから、当たり前っちゃ当たり前なんでしょうけどね」

当然、俺は男の話しなど無視だ。

女はこっちとは逆方向、俺たちに背を向けて歩いている。

そのため、女の顔は見えない。


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