腹黒上司が実は激甘だった件について。
坪内さんは髪の毛を掬ったまま私を見つめる。
や、やめてください。
だんだん恥ずかしくなってくるよ。
よく考えたら素っぴんだし。

「お前、俺に遠慮して早く出てきたんだろ?」

坪内さんは盛大な溜め息をつくと、「しょうがねーやつだな」と、私の手を取りもう一度バスルームと隣接する洗面台へ連れて行った。

鏡の前に私を立たせると、ドライヤーで髪を乾かし始める。

「ちょっ、自分で出来まっ、うわっぷっ。」

慌てて振り向くと、温風をまともに顔面に受けて仰け反った。

「あはは!ドジっ子か?」

坪内さんは大爆笑しながら、私の髪を乾かす手を止めない。

その手の動きや髪に触れる指先の感覚がとても優しくて、図らずともドキドキしてしまう。

「あ、あの。ありがとうございます。」

鏡越しにお礼を言うと、とんでもなくご機嫌そうな王子様スマイルが返ってきた。

ヤバいヤバい、今一瞬落ちそうになった。
甘やかされるのに慣れていないから、勘違いしそうだよ。
坪内さんは好きって言ってくれたけど、私は違うもん。
落ち着け私。
落ち着け。

私はもう、恋愛はしないんだってば。
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