古都奈良の和カフェあじさい堂花暦
「……もうええ。あんた結婚しい」

「はぁ?」

思わず間の抜けた声が出てしまう。

「何言ってるの? 意味わかんない」

「意味わからんのはあんたやろ。お父さん、お母さんが反対するのに耳も貸さんと東京の大学に進んで。それも、なんでもそこやないといかん勉強をしたいとか資格を取りたいとかいうんならともかく、そういうわけでもないみたいやったし」

う……っ。

「就職だってそうや。あんたのお勤めしてたとこやったら京都にも大阪にもあるのに。わざわざたっかいお家賃を払うて東京に住んで……」

ううっ。

「そんでもな。あんたがそうまでして東京にいたがるからには、よっぽどあっちの水があんたに合うとるんやと思うとったわ。お稽古仲間のお友達は、皆さん『娘さん、あちらにいい人でおるんやないの?』『そのまま東京で結婚して、奈良にはもう帰って来おへんとのちがう?』なんて言わはるし。なんやそんなん寂しいけど、それならそれでまあしゃあないかと思っとったんやで。こっちには佳彦たちもおるし。それが寿退社いうわけでもなく、いきなり帰っててきて。いったいあんた何しに何年も東京にいっとったんよ」


立て板に水とはこの事かと勢いで一気に言ってのけると、母はびしっと私に指を突きつけた。


「まあこれでようわかったわ。あんたの言い分を聞いとったら結局はあんたのためにならへんいうことがな。あのな、悠花。東京やったらいざ知らずこっちではその年になって今さらゆっくり自分探しなんかしとる子なんかおらへんのよ。お母ちゃんがお相手見つけたげるからすぐにお見合いをして三十歳までには結婚し。ええか? 分かったな?」

「え、ええわけないやろ!!」

焦った拍子にまた盛大にこっちの言葉が出てしまった。
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