古都奈良の和カフェあじさい堂花暦
お店の片づけをして、明日の準備とバイトの契約についての簡単な手続きを済ませて店を出たのはもう九時近かった。

奏輔さんは、すぐそこなので大丈夫です、という私の言葉を頑として聞き入れずに祖母の家まで送ってくれた。
バイト用の着物に着替える時に脱いだ母の絽の着物は、祖母が畳んで預かってくれていたのだ。
恥ずかしながら私は着物をきちんと畳むことも出来なかったので。

祖母の家で、朝着てきた着物を元通り着付けて貰う間、奏輔さんは表のお茶屋の店舗の方で待ってくれていた。

「家どこ? 送ってくわ」
「え、いいですよ。すぐそこなので」

「すぐそこなら尚更送ってくわ。俺のせいで遅くなったんやから」
「大丈夫ですよ。人通りの多い道を行くので」

「その人通りが危ないかもしれんやんか。この辺、この時間まだ観光客とか結構おるで」

そんなやりとりをしている横から祖母が、
「この子の家はね。東大寺の東側。きたまちの方や」
とさっさと教えてしまった。

「すぐ近くとちゃうやん。歩くと結構あるやんか」

結局、家の近くまで送って貰うことになってしまった。

「すみません……」
「また。なんですぐ謝るん? それも謙遜か」
「ち、違いますよ。お仕事のあとでお疲れなのにわざわざ申し訳ないなと思って」

「女の子が夜遅くなったら男が責任持って家まで送ってくんは当たり前のことやろ。それとも悠花さん、これまでそんなんもしてくれん男としか付き合うたことないんか?」

「……そんなことは」
「おお。図星か」

「ち、違いますよ! そうじゃなくって、女だからって無条件に男の人に送って貰えるって決めつけるのは図々しいというか、全部の女の人がそういうことして貰って当たり前って思ってるわけじゃないっていうか」

「あー。悠花さん。デートで男に奢って貰う理由がないんで半分払います、とか言っちゃうタイプだ」

「それは今関係ないと思いますけどっ」

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