古都奈良の和カフェあじさい堂花暦
「仕事を辞めた。明後日そっちに帰る」
と告げたときの、電話のむこうの母の甲高い声が耳に甦る。

「ずいぶんと急やねえ。そんで相手のひとは一緒なん? え? 今回はあんただけ?」

最初、何を言われているのか分からなかった。

結婚が決まったために退職をして、実家に挨拶に行くと思っているのだと気がつくのに少し時間がかかった。

意味を理解した時にはそのまま通話を切りたくなった。

……が、アパートの部屋のなかはすでにすっからかんに片付いているし、賃貸契約の解約も決まっている。

意を決して、

「そういうんじゃないから。ただちょっと色々あって辞めただけ。結婚とかいっさい予定ないから!」
と早口に告げ、電話の向こうで金切り声をあげている母に

「詳しいことはそっち着いてから話すから!!」
と言い放って通話を切って、その後の嵐のようなコールバックもひたすら無視して今にいたっている。

こういう状況で、「やっほー、ひさしぶりー」なんて明るく帰ろうっていうのに無理がある。






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