COLORFUL―カラフル―
店の後片付けを終え、部屋に戻る。あれから八年、高校を卒業した私は、祖母が経営している楽器店の手伝いをしながら夢を追いかけていた。サクソニスト、中学の頃に祖母から教わったサックスを仕事にするのが夢であり目標。大学に通うという道もあったが、学業との両立や経済面を考え、こちらに専念することにした。
タンスからカジュアルな服を取り出し、着替える。窓から差し込む光がその足を伸ばし始め、徐々に広がっていく。そろそろ行かないと。背中まで伸びた髪を後頭部で一つにまとめた後、机の上に置いてあるサックスを背負い、部屋を出た。
「今日も行くのかい?」
一階に降りると、台所から柔和な笑みを浮かべたおばあちゃんが夕飯の良い匂いと共に顔を覗かせたので、大きく頷き返す。夕飯はカレーのようだ。お腹の虫が音を鳴らすけど、我慢して玄関の方に足を進める。
「気を付けていくんだよ」
靴を履いて立ち上がると、おばあちゃんが小さく手を振っている。私は応えるように大きく手を振って、履き慣れたスニーカーを二回「とんとん」と鳴らした後、扉を開けて駆け出した。
自分より大きな影が行き交う人波の中へと伸びていく。イヤホンを外すと雑多な声と遠くからのアナウンスが混じりあって、雨のように。ストリートミュージシャンを始めてから通うようになった地元の駅は今日も賑やかだ。
ケースから取り出した譜面台を広場の一角に置くと、人波から何人かが物珍しそうに足を止めて不自然な人だかりが形成されていく。路上演奏を始めた頃は緊張していたけど、今はもう、この光景に慣れてしまった自分がいる。
何かを変えようとしたのに、気づけば日常になっていて。ストリートミュージシャンを始めれば、誰かが見てくれると思っていたのかもしれない。
でも、根本的な部分が変わらなければ、結局意味がない。
あの日以来、誰かと関わることを避けてきたのだから。
大きく息を吐いた。今日はいつもより人が多い気がする。
譜面をめくり、サックスを構えて。音を伴った息を吸い込んだ。
演奏が終わると、小銭が投げ込まれていく。そして、何事も無かったように人だかりは消えて日常に戻り始める。一礼した後のケースの中には、両手で数えられるほどの百円玉が無造作に転がっていた。
所詮は素人に毛が生えた程度の演奏だけど、少し寂しい。誰の耳にも届いていないのかと思うと、切なくなって。肩で息をしながら、サックスを胸に抱きしめる。
帰ろう。帰ってお姉ちゃんとおばあちゃんと一緒にカレーを食べよう。それが、私にとっての日常だから。
もう誰もいないだろう。
確認もせずにケースの百円玉を片付けようとすると、ワンテンポ遅れて五百円玉が投げ込まれた。私の演奏に五百円なんて、物好きな人もいる。
もう一度お礼をしようと顔を上げると、そこにいたのは。
大きな拍手を送ってくれる、大学生くらいの男の子だった。
タンスからカジュアルな服を取り出し、着替える。窓から差し込む光がその足を伸ばし始め、徐々に広がっていく。そろそろ行かないと。背中まで伸びた髪を後頭部で一つにまとめた後、机の上に置いてあるサックスを背負い、部屋を出た。
「今日も行くのかい?」
一階に降りると、台所から柔和な笑みを浮かべたおばあちゃんが夕飯の良い匂いと共に顔を覗かせたので、大きく頷き返す。夕飯はカレーのようだ。お腹の虫が音を鳴らすけど、我慢して玄関の方に足を進める。
「気を付けていくんだよ」
靴を履いて立ち上がると、おばあちゃんが小さく手を振っている。私は応えるように大きく手を振って、履き慣れたスニーカーを二回「とんとん」と鳴らした後、扉を開けて駆け出した。
自分より大きな影が行き交う人波の中へと伸びていく。イヤホンを外すと雑多な声と遠くからのアナウンスが混じりあって、雨のように。ストリートミュージシャンを始めてから通うようになった地元の駅は今日も賑やかだ。
ケースから取り出した譜面台を広場の一角に置くと、人波から何人かが物珍しそうに足を止めて不自然な人だかりが形成されていく。路上演奏を始めた頃は緊張していたけど、今はもう、この光景に慣れてしまった自分がいる。
何かを変えようとしたのに、気づけば日常になっていて。ストリートミュージシャンを始めれば、誰かが見てくれると思っていたのかもしれない。
でも、根本的な部分が変わらなければ、結局意味がない。
あの日以来、誰かと関わることを避けてきたのだから。
大きく息を吐いた。今日はいつもより人が多い気がする。
譜面をめくり、サックスを構えて。音を伴った息を吸い込んだ。
演奏が終わると、小銭が投げ込まれていく。そして、何事も無かったように人だかりは消えて日常に戻り始める。一礼した後のケースの中には、両手で数えられるほどの百円玉が無造作に転がっていた。
所詮は素人に毛が生えた程度の演奏だけど、少し寂しい。誰の耳にも届いていないのかと思うと、切なくなって。肩で息をしながら、サックスを胸に抱きしめる。
帰ろう。帰ってお姉ちゃんとおばあちゃんと一緒にカレーを食べよう。それが、私にとっての日常だから。
もう誰もいないだろう。
確認もせずにケースの百円玉を片付けようとすると、ワンテンポ遅れて五百円玉が投げ込まれた。私の演奏に五百円なんて、物好きな人もいる。
もう一度お礼をしようと顔を上げると、そこにいたのは。
大きな拍手を送ってくれる、大学生くらいの男の子だった。