アダム・グレイルが死んだ朝
2.
「紫奈ちゃん、だよね?」
澪が帰った一週間後、仕事を終えた私が向かったのは、いつも行くエステでもファミレスでもなくて、邪魔なほどに人で溢れ返る街の一角だった。
「顔もわからず誘ったんですか?」
「あーそうだよね、ごめん」
嫌味を込めた私の言葉に一瞬怯んだ顔をした後で、「待たせてごめんね」と人の良さそうな(だけどどことくなく嘘くさい)笑みを見せたのは、澪の友人である林という男だ。
大手商社に勤めているらしいその人は、清潔感のある黒髪と涼し気な目元が、その端正な顔立ちを際立たせる。
身長は澪とあまり変わらない。
むしろ体型だけで見たら、似ているくらいかもしれない。
「林充希(ハヤシミツキ)。好きに呼んでいいよ」
こういう状況に慣れていることを伺える滑らかな口調でそう言う男に、私は「林さんで」と答える。
「あはは、澪が言っていた通り紫奈ちゃんは手強そうだね」
困ったように笑う顔さえわざとらしい。
「林さんがいつも相手にする女性は、さぞ簡単なんでしょうね」
「いや、簡単ってこともないけど」
「難しくもないってことですよね。それなら他の女性を当たった方がいいと思いますけど」