アダム・グレイルが死んだ朝
髪に触れる手を振り払おうとした私の耳元に、林さんは強引に唇を寄せると、その唇をまた楽しそうに歪めた。
「“俺のだけどいい?”って君の兄は言ったんだ」
眩暈がした。澪はここに居ないのに、すぐそこに居る気がした。怖いほどに、胸がざわめく。
「だからますます興味が沸いた」
「……意味わかんない」
「本当に、俺も長く友人をやっているけれど、君の兄のことは理解出来ないよ。自分が惚れている女を俺に紹介するんだから、お人好しって言うか異常だよね」
「惚れているって、そもそも私たちは兄妹ですよ?」
口の中が乾いていく。さっきまでの嫌味が今は一つも出てこない。本当に最悪だ。
「でも、血は繋がっていない」
全てが嫌になる。
「それも澪から聞いたの?」
澪とよく似た男。私を気に入ったらしい男。
「ああ、そうだね。“血が繋がっていないから俺のだよ”って言われた。”それでも良ければ、充希にあげる”ってね。それって、どういう意味だと思う?」
澪は異常だ。普通じゃない。
だけどそんな澪の考えを、わかってしまう私も普通ではないだろう。
「……さあ。私には、どうでもいいことです」