アダム・グレイルが死んだ朝
「綺麗になったから」
「それ以上何か言ったら刺すよ」
「いいよ」
「・・・」
「紫奈は大切な妹だから、紫奈になら殺されてもいい」
この男は私に優しくない。
いつも身勝手で乱暴で、ただ普通であろうとした私の全てを壊した。
壊して逃げた。
「あんたは兄じゃない」
「なら、名前くらい呼べば」
生ぬるい炭酸水の中で、氷がカランと音を立てた。
氷みたいに、全部消えたらいいのに。
そうすれば少しくらいの幸福を味わえるかもしれない。
「忘れた」
グラスに唇を付けて、炭酸水と一緒に氷を口に含んだ。
噛み砕けば、燃えるような冷たさに泣きたくなった。
「あんたの名前なんて忘れた」
重なった視線を外すのはいつだって、私じゃなかった。
湯を沸かしていたケトルが音を立てて、またあの女が「澪」を呼ぶ声がした。
だからその視線は私から離れた。あっという間に。
いつもそうだ。澪は、あの女に逆らわない。
高城澪(ミオ)と初めて会った日、私はただ家族になることを望んでいた。
普通の兄妹になることを。
壊したのは、澪だった。