笑顔の君は何想ふ



 ハンバーガー屋で食事を終えたあと、堂本姉は自分も付いていって構わないかと尋ねてきた。

 東堂は二つ返事でオーケイを出したけれど、一緒にいても何を話せばいいのかも分からないので、僕としては複雑な気持ちだった。向けられる好意にどのように対応することが正解なのか、僕には分からない。まして、いつから向けられているのかさえ分からないのに。


 たまに堂本姉が話しかけてくれるものの、僕は上手く相槌をうつことすらできず、ほとんど会話が続かない。次第に会話が減ってきて、数分も経つと互いに無言のまま、少し前を歩く東堂の後を付いていくだけになった。

 東堂と二人なら、こんな空気にはならないのに。

 気になったことを手当たり次第に尋ねてくるので、会話が途切れることなんてない。東堂と出会うまでは一人でいる時間がほとんどだったのに、今は会話がないことを息苦しく感じている自分がいる。


 そんな僕の気持ちなど露知らず、一人ご機嫌な様子で歩く東堂は気分が乗ってきたのか、いつもと同じ鼻歌を奏で始めた。


「えっと……東堂の鼻歌さ、何の曲か分かるか?」


 空気に耐えられなくなり、ずっと疑問に思っていたことを尋ねる。


「東堂さんの鼻歌?」


 僕から話題を振ったことに驚きながらも、堂本姉は両手を耳に当てて、東堂の鼻歌を聞き取ろうとする。


「あー、聞いたことある曲だ。何だったかな……すっごく小さいころに、聞いたことがあるような……」


 どうやら、堂本姉は聞き覚えがある曲らしい。もしかしたら、有名な曲なのかもしれない。


「子供向けの番組で流れていた気がするけど、題名までは分かんないや。ごめんね、力になれなくて」

「いや、別にいいよ。ただ、毎回あの曲だから、ちょっと気になっただけだからさ。……あとさ、聞きたいことがあるんだけどいいか?」


 会話のついでに、もう一つの疑問も解消しておきたい。


「うん! 何でも聞いて!」


 僕の方に顔を向けて、笑顔を浮かべる堂本姉。尻尾のように長いポニーテールが、顔の動きに合わせて大きく揺れる。ありがとう、と言ってから、僕は話を続けた。


「堂本君を連れてアパートに行った日にさ、堂本さんは僕のこと知っていたみたいだけど、よく名前まで覚えていたな。って思って。……僕さ、大学で一人でいること多いし、講義で誰かと話すこともないから」


 僕の言葉に、堂本姉は優しく微笑んだ。そして、前を歩く東堂に声をかける。


「ねえ、東堂さん! この先に公園があるからさ、少し休憩しない?」

「公園? 公園があるの!? そうしましょう!」


 さきほどよりも、少し早足で東堂は歩き始める。


「話の続きは、公園でしよっか」


 堂本姉がどういうつもりなのかいまいち把握できないけれど、どうやら公園に向かうことになったらしい。




 商店街の突き当たりにある公園は、近くにある団地の子供達にとっては、格好の遊び場だ。最近では、ボール遊びが禁止の公園が増えていたり、危険だからといった理由で遊具が減っていると聞く。だけど、この公園はそうでもないらしく、昔ながらの滑り台や名前はよく分からないけれど、球体状の回転する遊具もあった。

 木陰にある三人掛けのベンチに堂本姉が座り、一人分の間を空けて、僕も腰を下ろした。


「ねえねえ、涼夜君! ここにはいない?」


 東堂は立ったまま、僕に尋ねてくる。いつもは困っている人、悲しんでいる人、と明確に聞くのに、今日に限って言わないのは東堂姉がいるからだろうか。相変わらず変なところで聡いやつだ。堂本姉は、僕達が何を話しているのか、全く意味が分からないだろう。


「ああ、いない。遊びたいなら遊んでこい。僕達はここで休んでいるからさ」

「えー! 涼夜君達も一緒に遊びましょうよ! 私、公園に来たのなんて久々だわ! 澪はちっとも、お外で遊ばないもの!」


 だろうな。

 僕が東堂家にお邪魔したときも、部屋から全く出てこなかったし。血が繋がっていないのだから、東堂と性格がまるで違うのも仕方がないだろう。


「そのうち遊んでやるから、今日は一人で遊んでろ。もしくはそこらにいる子供に混ぜてもらえ」

「約束よ! また今度ね!」

「おー、そのうちな」


 ぷくー、と焼き餅のように頬を膨らませたあと、東堂はドッジボールをしている子供達に混ざり始めた。

 まさか本当に混ざるとは。

 こうして客観的に見ると、ますます高校三年生には見えないな。


「ふふっ。一色君って、お父さんみたいだね」

「前から言っているだろ? 保護者だって」

「本当にお父さんみたい。仕事で疲れているのに、子供にせがまれて、休日に公園に来たお父さん」

「やけにリアルだな」

「うん。うちのお父さんがそうだったから」


 そういえば、堂本家は母親がいなかったな。


「良いお父さんだな」

「とってもね……。一色君のお父さんはどんな人なの?」

「あー……、普通だよ。どこにでもいる、普通の父親」


 とっさに嘘をついた。

 いや、嘘ではないけれど、もうすでに亡くなっていることを、彼女に伝える気にはならなかった。


「へー、そうなんだ。一度会ってみたいなあ、どんな人なのか。きっと一色君と一緒で、優しい人なんだろうね」


 僕は優しくなんかないよ。

 そう言いかけて辞める。人に好かれようとは思わないけれど、わざわざ嫌われるようなことを言う必要もないだろう。


「入学式の日のこと覚えてる? あの日、私は一色君と話しているんだよ?」

「入学式?」


 何かあっただろうか。

 必死に思い出そうとするものの、彼女と話した記憶はない。もしかして、人違いじゃないだろうか。


「式典のあと、体育館で学科ごとに別れて説明会があったじゃない? 私、そのこと忘れてて、紙もペンも持っていなかったんだよね。周りは男の子ばかりで、知っている人なんていないし、どうしよう! って思っていたら、斜め後ろにいた一色君が、ルーズリーフと鉛筆貸してくれたんだよ?」


 そう言われると、そんなこともあった気がする。工学科なのに、女の子なんて珍しいなーと思いながら見ると、ペンも出さずにあたふたしていたので、見かけて貸したんだった。

 その後、ありがとうって言って、返してくれたっけ。

 あんなのが、会話に入るのか?


「そのときは名前聞けなかったんだけど、学籍番号は分かっていたから、名前はすぐに知ることができた。ずっと話したくて、講義のときに隣に座ったりもしたんだけど、なかなか勇気が湧かなくて。やっと話すことができて、今すっごく嬉しい。あのね、私──」


 ちょっと、待って。

 嫌な予感がして口にしかけた言葉は、堂本姉の真剣な瞳に押さえ込まれる。どうか、その先が口にしないで欲しい。そうすれば、いつの日か堂本姉とは仲良くなれる日が来るかもしれない。

 そう思っていたのに。


「──私、一色君のことが好きです。私と付き合ってくれませんか?」
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