硝子の花片
私は病人や怪我人、屯所警備の隊士や新撰組のもう1人の副長、山南敬助の静止を振り切って夜の京都を走った。

屯所は壬生。五条通の近くだったはずだ。そこからもっと上で川沿いの河原町三条に向かった。

遠い距離だ。元々黒いという特徴がある京都の建物は夏の闇に紛れて目印なんかにはならなくて、迷子になった。

それでも走った。

どこからこんな体力が出てくるんだろう、そう思うほど狂ったように走った。

しばらく走ると騒がしい音が聞こえた。

…きっと池田屋だ。






沢山の人が逃げ惑っていた。…敵の浪人だろう。
その顔は恐怖に歪み、狂ったように走り出す。

「あ…ああ…」

間に合わなかった。池田屋事件は、もう終わりに近かった。

近藤局長を頭とする近藤隊が池田屋に突入したはずなのに、周りには会津の兵やら土方隊の人やら捕まった浪人やらで騒がしかった。

土方副長と会津の方は睨み合っている。

ふと、土方隊の1人と目が合った。

斎藤一さんだった。

「睦月桜夜…!何故ここに居る…?」

斎藤さんは驚いたような、悔しいような複雑な表情をして此方に足を進めた。

「…此処は危険だ。今すぐ屯所に戻ろう」

差し伸べられた大きな手を私は振り払っていた。

「…どうした、睦月…?」

いつもは冷静で表情の変化が乏しい斎藤さんの顔に動揺の色が濃く見えた。

「…私…行きます…」

私はまた走り出した。
血と汗の匂いが充満している池田屋に向かって、全速力で走った。

後ろから斎藤さんの叫ぶ声が聞こえたような気がしないでもないが、それどころではなかった。

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