硝子の花片
「おい、帰るぞ」

土方さんの声ではっとした私は昨夜の紅い闇を無にするかのように輝く朝日を見た。



池田屋事件の終わり。

池田屋事件は沢山の人の心に傷を負わせると共に新撰組の名を天下に轟かせた。

この朝日は終わりではなく、始まり。

悲劇と激動の時代の始まり。



浅葱色の羽織を着た彼らは市中の人々の恐怖と感動の視線をその身に受けながら帰路についた。

私はその集団のすぐ後ろに着いて居るのに、どんどん距離が離れていく感じがして、焦燥感に襲われた。

(まって、置いてかないで。)

ふと誰かに手を握られた。
その手は優しい温もりを持っていて、さっき感じた焦燥感を消してしまった。

隣を見れば先程から無言だった沖田さんが自然に私の手を握っている。

顔は此方を向かないが、優しさを感じる。

〈桜夜は何か不思議な力があるんだよ〉

そう言ってくれたのは平助くんだっただろうか。

でも沖田さんの方が不思議な力を持っている気がする。
こうやって触れるだけで不安や焦燥感を消し去ってしまうのだから。


「桜夜さん。桜夜さんは、新撰組の沖田を怖いと思いますか?」

沖田さんは小さく聞いた。
手にギュッと力が込められる。

きっと、怖いと言われるのが怖いのだろう。

「…いいえ?沖田さんは沖田さんじゃないですか。仲間を守る為に剣を振るう剣士じゃないですか。
…人が殺されるのは怖いけど、沖田さんは怖くないですよ。」

私ははっきりそう言えた。

〈殺さなければ殺される〉

その抗えぬ掟に縛られている剣士。
でも、その剣は仲間を守る為に振るわれている。

自分を守る為でもなく、仲間の為に。


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