硝子の花片
待ち遠しかった春が来た。
辺りには桃色の桜の花片が舞っている。

眠気を誘うような暖かい日差しが立ち込める。

準備もバッチリだ。
あとは山南さんを迎えに行くだけ。



「山南さーん?一緒にお花見行きませんか??せっかくのお花見日和ですし…山南さん?」

山南さんの部屋からは物音ひとつしない。
寝ているのだろうか。


隣に目を移すと沖田さんが眉をひそめている。


「…不自然だな。」


そう低く呟いて障子を静かに開けた。

「山南さ…っ!?」

山南さんは、いなかった。

あるのは文机に置かれた几帳面な文字が綴られた置き手紙のみ。

〈江戸へ行ってきます〉

置き手紙にはそう書かれていた。


「…くそっ…」

沖田さんはそう低く呟いて壁に拳をぶつける。

俯いた顔は見えないが、きっと、この最悪な事態を沖田さんは予想していたんだ。

沖田さんがこんなに感情を露にしたのは珍しい事だった。

「…山南さん…脱走じゃ、ないよね…」

いつの間にか平助くんが部屋の入口に立っていた。

小さく呟かれた言葉は掠れていた。





新撰組の鉄の掟「局中法度」
破れば切腹を命じられるこの掟は、かつて筆頭局長だった芹沢鴨も失脚に陥れた。

局中法度に背けばどんな人でも切腹。

ひとつ、士道に背くまじき事
ひとつ、局を脱するを許さず
ひとつ、勝手に金策致すべからず
ひとつ、勝手に訴訟取扱うべからず
ひとつ、私の闘争を許さず

脱走は局中法度第2条に背くことになる。

帰ってきたら、切腹ものだ。



沖田さんは平助くんの掠れた呟きにピクっと反応したが、俯いたまま、何も答えなかった。

(何でですか、山南さん…)

この心の声は、その部屋にいる三人の心の声であった。


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