硝子の花片
「…山南さん。何故帰ってきた…?」

「私はもう逃げないと決めたからね。それが新撰組の生き方だろう?…トシくん。心配かけたね、すまない。」

屯所では土方さんがいつにも増して不機嫌な顔をしている。不機嫌と言うよりは悔しいような、苦虫を噛み潰したような表情だ。

一方で山南さんはいつもの優しい笑顔。

山南さんを連れて帰ってきた沖田さんは人形のような無表情を動かさない。

屯所は不穏な空気に包まれていた。

「…どうか、新撰組として最期まで生きさせてくれないか?」

「…山南さん…どうして…」

土方さんの声は掠れて消えた。

「…局長。私はもう逃げないと決めました。処罰を受ける所存です」

「山南さん……わかった。山南敬助に切腹を命ずる…」

「近藤さんっ!」

悲鳴のような声を上げた土方さんが近藤さんを振り返る。その顔は泣きそうで、綺麗な顔が歪んでいた。

近藤さんは震えていた。
俯いた顔は見えないが、ぽたぽたと透明な雫が畳に落ちた。

私の頬にも、一筋の線が出来ていた。


「山南さんっ…」

平助くんのぱっちりとした目から涙がとめどなく溢れていた。平助くんのギュッと握りしめられた拳を涙が濡らす。

沖田さんも無表情の人形みたいな顔を地面に向けて長い睫毛を伏せた。


私は思わず沖田さんの手を握る。

その手は冷たくて、痛かった。

きっと、心も冷えきっているのだ。


沖田さんは私の手を握り返した。
でも、その手に力はあまり無くて、私がこれ以上力を入れてしまえば壊れてしまいそうだった。

「…みんな、ありがとう」

その言葉はその場にいるみんなの心に刻まれただろう。






沖田さんは何も言わずに席を立ち、部屋を出た。

平助くんもその後を追う。

私も涙を袖でぐいっと拭い、足早に二人を追った。











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