はちみつドロップス
トイレに行くつもりなんて更々ない。
ただあの場に平静を装って居る自信が無かった。
あてもなく廊下を歩いていた天に後ろから足音が近付いてくる。
「……高原」
振り返ったすぐそこで、息を切らした皇楽が自分の腕をギュッと掴んでいる。
自分を追って来てくれた彼氏らしい姿に天の胸がトクンと高鳴った。
「……なんであのタイミングで出て行くんだよ。明らかに不自然だろっ」
「えっ……」
天の喜びも束の間で消え果てる。
自分を追ってきた理由はそれなのか。
椎菜にチーズケーキのレシピを渡された弁解をするでもない。
昨日のチーズケーキと椎菜は関係無いと言い訳するでもない。
何より皇楽の頭に真っ先に浮かんだのが、自分との関係が周りにバレないかという心配だったことが悲しくて仕方なかった。
言われた日からずっと離れない言葉が天の頭に鳴り響く。
『高原先輩……高宮先輩が彼女なの恥ずかしいんじゃない?』
天の不安がたった今、確信へと変わっていく。
「……っ」
「高宮?」
皇楽に掴まれていた腕を天は何も言わずに振り解く。
天の行動に驚いて表情を窺った皇楽は、
「っ!」
今にも泣きそうな天の表情に思わず呆然と立ち尽くしてしまう。
掛ける言葉も見つからないまま。
天の背中はどんどんと皇楽の前から遠ざかっていった。