コップの中の漣(さざなみ)
コップの中の漣
「バナナ、くっちゅけて」

 友里が両手をぐいっと突き出した。右手にバナナの上半分、左手には皮と下半分。

「できないよ。折れたものは元に戻せない。早く食べなさ」

「イヤ!!」

 魔の二歳児に正論は通じない。イヤイヤ期とはよくいったもので、何かあればすぐに、「イヤ」。

 毎朝のバナナをめぐる攻防はもう五日目だ。自分で皮をむいて食べられるようになったと思ったら、その食べ方が乱暴で途中で折れてしまう。

「丁寧に食べなさい。そうすれば折れないよ」

「イヤ」

 何度説明してもわかってくれない。わからず屋め。



 翌日、土曜日の朝。

「バナナ、くっちゅけて」

「なあに、友里?」

「バナナ食べようとしたら途中で折れたから、元通りにしてくれってさ」

 妻の理世に説明してやる。理世の始業時間は早く、家族で朝食をとるのは土日だけ。今週のバナナ事件を彼女はまだ知らない。

「あっそ」

 理世は冷蔵庫を開けるとイチゴジャムを出し、折れたバナナの断面に塗り、ぺたりとくっつけた。

「はい、どうぞ」

「ありっと!」

 驚いた。妻の機転と、あっさり納得した娘に。「イヤ」はどこに行った。



「やだ、あなた五日間もまじめに相手してたの?」

 その夜、バナナ事件について話すと、理世は笑った。

「何でもまっすぐ受け止めすぎなのよ。適当に受け流せばいいのに」

「難しい。コツは?」

「そうねえ、クイズでも出されたと思って考えてみれば?」 

 なるほど、そうか。

 いずれにしても、バナナ問題はジャムで解決だ。来週からは平和な朝を過ごせるだろう。



 月曜日。

 友里はコップの水を一口飲むとテーブルに置いた。これも乱暴だったので、水面が動く。

「おみじゅ、うごいてる」

「そうだね、漣(さざなみ)みたいできれいだね」

「おみじゅ、とめて」

「少し待てば、止ま」

「イヤ!」

 次の瞬間、友里は思い切りよくコップをさかさまにした。カポッという音とともに、朝食は水浸しになった。

 今週はこれか。



―――――
(バナナがイチゴジャムでくっつくかどうかは、実際に試していません)
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