白に染まる、一滴の青。
「なんや、最近楽しそうやな」
夏季休暇に入り一週間が過ぎた頃、突然、本多がそんなことを言い出した。慧は、本多の一言にただ目を丸くして驚いた。
「噂によれば、アトリエにも毎日通ってるらしいな。珍しくやる気やんか」
「珍しくって……一応、いつも真剣にやってますけど」
「はは、ちゃうちゃう。そういう意味やなくて。岩本がいつも真面目に取り組んでるのは知ってるけど、描くことに前のめりになってるのは珍しいなと思って」
アトリエ内に散らばった用紙や、倒れているキャンバスを綺麗に立てかけながら、本多は顔中にしわを作り笑っている。
「さては、青春、見つけたんか?」
ほんとうに嬉しそうにしながら、そんなことを言い出した彼は、やはり勘が鋭い。きっと、周りのことを。慧のことを、誰よりもよく見ている。
「青春かは分からないですけど……この間、今まで以上に描きたいと感じる瞬間を味わいました」
「おお。それはええ話や」
「あんな風に、描きたいと強く思えて、夢中になれたのは初めてかもしれません」
「うん。そうか。そういう自分の感情、大切にせなあかんで」
描き上げられるとええな、唯一の作品。
笑顔でそう残しアトリエから去っていった本多は、きっと喫煙所に向かったに違いない。
癖なのか、彼は時々吸いたそうにポケットのなかの煙草に指先で触れる。ついさっきまでも、何度かその動きをしていた。