白に染まる、一滴の青。

楓に指摘されてやっと気づいた、動きの止まった自分の手。慧は、それを再び動かし、キャンバスに筆を置いた。

「って、私があんまり話しかけるから手が止まっちゃうのか。ごめんね。でも、慧くんは、意外と不器用なんだって新しい発見ができたなぁ」

楓がくっと口角を上げて笑った。

「不器用、ですか」

笑って言った彼女の言葉に、ほんの少しだけがっかりした慧は、そのまま筆を再び動かす。

〝不器用〟といえば、決して良い意味ではない。辞書で引いたって、〝物事の処理が下手なこと。また、その様子〟などと記載されている言葉だ。


「手先は、とっても器用なんだと思う。絵に詳しくない私でも惹かれるものがあるんだから、そのくらいは分かる。だけど、慧くんってきっと、何か一つに意識を向けた状態で他のものにも意識を向けられないタイプなのかなって。そういう分かりやすい人の方が好きだな、私」

楓が口にしたのは、決してマイナスな言葉ではなかった。寧ろ、最大級に褒められているような気がして慧の胸は弾んだ。

彼女の口から放たれた〝好き〟だという好意を表す言葉。それが、きっと慧の胸を弾ませたに違いなかった。

もちろん、彼女は慧と同じ類の不器用な人間ひとくくりに好意があり、岩本慧という人間そのものに言ったわけではないことくらいは慧自身も分かっていた。だけど、そんな言葉を他人に当たる人から言われるのは、慧が覚えている限りでは初めてだったのだ。

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