白に染まる、一滴の青。
夏季休暇に入り、一週間と一日目の朝。普段と変わらない時間に目を覚ました慧は、大学に向かうため服を着替えると階段を降りリビングへ足を踏み込んだ。
「あら、慧。また今日も大学行くの?」
リビングに入ると、カウンター越しのキッチンからフライ返しを手にした母が顔を覗かせた。
夏季休暇に入ってからも毎日のように大学へ通っている慧に、母はこうして毎日同じようなリアクションを向けてくる。
「うん。できるだけ毎日通うつもりだから」
「あら、そうなの? せっかくの夏休みなのに忙しそうね。でも、なんだか楽しそうでよかったわ」
ご飯食べていきなさいね、と付け足して笑った母に「ありがとう」とだけ返事を返した慧は、席に着くとテーブルの上に並べられたご飯を食べ始めた。
小さな頃から食べ慣れた甘い卵焼きをひとかけら箸で持ち上げる。そして、壁際に置かれたテレビに視線を移し、ついているニュースを見るわけでもなく殆ど無心の状態でご飯を口に運んでいった。
何かを考えるわけでもなく、ただご飯を食べていた慧の視界に映るテレビ。すると、そこに見覚えのある映像が流れ始めた。
『あの無差別殺人事件から6年───』
「もう6年も経ったのね。ついこの間のことのようなのに」
見慣れた男性アナウンサーの声に被せるようにして、母がそう言う。慧の目の前にそっとお茶を置いた母の顔は、まるで自分のことのように痛ましい表情をしていた。