白に染まる、一滴の青。
二章 横顔
「慧くん、愚痴聞いてくれない?」
楓は、もう二度とここへは来ないのではないか。慧がそう思った翌日、早くも彼女はアトリエに顔を出した。それも、また〝愚痴〟を聞いてほしいと言って。
「また愚痴ですか」
そう言いながら、描きかけの楓がいるキャンバスを布で隠すようにして隅に立てかける。
「ほら、またモデルになってあげるから!それなら、いいでしょ?」
自ら丸椅子を慧の前に設置し、そこに楓は腰をかけた。
愚痴を聞いてもらうかわりに、モデルになる。その交換条件は、慧にとっても好都合だった。
「仕方ないですね」
可愛げのない返答をして、新しいキャンバスを手に取り、イーゼルへ立てかける。すると、楓は口角をくっと上げて笑いだした。
「今日はどんな感じにしますか? ポーズとかとった方がいいですか?」
いつも以上に乗り気な彼女は、身を乗り出すようにしながら冗談っぽくそんな事を言う。
「今日は、自由にしててもらって大丈夫です。アトリエ内なら動いてもらっても問題ないです。時々、止まってもらうかもしれないですけど」
慧は、設置したキャンバスではなく、横に置かれた木製の机の方を向き自分のクロッキー帳をカバンの中から取り出した。