白に染まる、一滴の青。
「自由にしてていいの? 分かった」
それじゃあお言葉に甘えて、と付け足すと彼女はアトリエ内を散策し始めた。
珍しいものでも見るみたいに、アトリエ内の道具を物色していく彼女の髪は、今日は下ろされている。
白いワンピースから覗く手足は、やっぱり華奢で、時々、慧の胸を高鳴らせた。
「慧くんって、好きな人いた事ある?」
「え」
「その好きな人に他の好きな人がいた事とか、ある?」
散乱していた絵具をひとつずつ拾い上げる彼女の横顔が、よく見えない。一体、彼女は今どんな表情をしているのだろうか。
「すみません。あの、僕、好きな人がいたことなくて……」
彼女の表情を見ようと少しだけ顔の位置を動かした。すると、彼女はきょとんとした表情で慧の方を振り返った。
「どうして謝るの?」
「え?」
「今、謝ったじゃない。それに、何だか自信なさげに言ったから。どうしてだろうって思って」
「いや、だってこの歳で好きな人がいた事がないって普通じゃない……ですよね?」
あまりにも彼女が不思議そうに慧を見つめていて、慧は少しずつ自分の考えが間違っているような気がして声量が小さくなった。