白に染まる、一滴の青。
────まだ、自分にたくさんの感情を与えてくれる人に出会えていないだけ。
そう言った彼女の一言は、彼女が思っている以上に慧の気持ちを軽くした。
気持ちが軽くなったからなのか、慧の鉛筆を握る手はすらすらと動いていく。どんな彼女の瞬間も残しておきたいと願い、ただ夢中で描き続けた。
「私の好きな人はね、好きな人がいるの」
アトリエの散策に飽きたのか、丸椅子へと戻ってきた彼女が天を仰ぎながらそう言った。
すらすらと進んでいたはずの慧の手は、彼女の一言を聞くとぴたりと止まってしまった。
「もう〝好き〟なんて言葉じゃ足りないくらい、彼にとってその人が誰にも変えられない特別な人だってことは見てて分かる。それに、その人だって絶対に私じゃ敵わないくらい魅力的な人だってことも私が一番よく知ってる。だから、彼に〝好き〟だなんて言ったことない。だけど、私のこの気持ちのやり場がなくて。自分の中に残しておくには大きすぎて、苦しすぎて。どうしたらいいか、ずっと、分からないまま」
天を仰ぐ彼女の瞼から涙が零れ落ちた。
クロッキー帳の上で鉛筆を握る慧の手が今にも動きだそうとしていたけれど、慧はそれを必死で止めた。
描くことよりも、あまりにも綺麗な彼女がいるこの景色を目に焼き付けなければならない。そう思った。