白に染まる、一滴の青。

「特別だと思える人がいる事だけでも、十分幸せなことだって分かってる。だけど、それだけじゃあ足りなくなる」

人間って本当に欲張りだよね、と付け足した彼女はゆっくり口角を上げると深呼吸をし始めた。


「……そんなに苦しそうなのに、どうして彼をやめないんですか」

慧の質問に、楓はまっすぐ慧の方を見る。

まだ恋を知らない慧には、単純に疑問だった。

〝恋をすると、世界が変わる。〟なんてフレーズは何度も聞いた事がある。だけど、楓はとても苦しそうに見えた。確かに、時々とても愛おしそうな目をするけれど、比率で言えば苦しさの方が圧倒的に大きいんじゃないのか。なんて、そんな理屈っぽいことを考えてしまったのだ。


「慧くん、それはとても良い質問です」

慧の方を見た楓が、人差し指を立てて口角を上げた。まるで、さっきまでの涙はなかったかのように笑う彼女が、慧は不思議で仕方がなかった。

彼女はそんなに簡単に気持ちを切り替えられるのか、それとも、無理をして笑っているのか。慧にはまるで分からない。

「残念だけど、辞めようと思って辞められるものじゃないの。もし、簡単に辞められるなら、きっと、それは恋じゃないと思う。条件だけで恋ができるなら、きっと他に代理なんてたくさんいるのに何故かその人じゃないとダメなんだよね。恋って、面倒だけどそういうものなんだよ」

悲しそうに笑う彼女の笑顔は、多分今までみた笑顔の中で一番下手だった。

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