白に染まる、一滴の青。
───ガラッ
慧は、翌日もいつもと同じ時間にアトリエへ足を運んだ。
誰もいない静かなアトリエ。そこで自分のキャンバスを抱え上げると、僕はそれを窓際に立てかけ、その側にイーゼルを設置した。
あの日の彼女の続きを描こうと、途中まで描かれているキャンバスをイーゼルに立てかけると、布まで指先を伸ばした。すると。
「おはよ!」
右方向から最早聞き慣れた声が飛んできた。
「先輩」
「ふふ。驚いた? 今日もモデルになってあげようかなと思って来ちゃった」
解放されたドアから顔だけを覗き込むようにして悪戯に笑っている彼女に、不覚にも胸が高鳴る。
いつもより加速して波打つ鼓動の理由は、突然現れた彼女に驚いてしまったからなのか。それとも、他の理由なのかは分からない。
「愚痴、話しに来たんですよね」
モデルになってあげようと思って来たと主張した楓に、少し意地悪くそう言った慧。図星だったのか、彼女は〝まいった〟と言わんばかりの表情で笑った。
「意外と鋭いなあ。これからは、慧くんには嘘はつけないね」
へへへ、と目を薄くして笑いながら、いつものように丸椅子を自ら運び、そこに腰をかける。
彼女がここへやってくるのも、こうして椅子を運んで定位置につくのも、もう気づけば日課のようになっていた。