白に染まる、一滴の青。
慧は、自由に話をしたり、自由に動き回る楓を速写し続けた。四時間もすると楓は「お腹が空いたから帰るね」と言って立ち上がり、手を振りながら去って行ってしまった。
出会ってからの彼女は、いつもそんな感じだった。そう思った瞬間に躊躇わず自分の考えを主張し、自分の思ったとおりに行動し、素直に表情を変えていく。
驚くほど自由な彼女に、嫌な気持ちを抱くことなんて全くない。寧ろ、そんな彼女といるのは慧自身とても楽だったし、彼女の明るい性格はきっと誰もが憎めないだろう。そこは、間違いなく彼女の良いところだ。
楓のいなくなったアトリエで、ふと指先に目をやる。
まるで、カメラのシャッターでも切るように、ひたすらに鉛筆を動かし続けた慧の指は少し赤くなっていた。
「岩本」
楓が去ってから、慧は描きかけのキャンバスをイーゼルに立てかけると一時間弱絵を描いた。
出会ったあの日の彼女を、あの日の景色を思い浮かべるように。夢中で少しずつ色を乗せていく。
今日はここまでにしよう、と慧がキャンバスを壁際に裏向けで立てかけるとアトリエ内に誰かが足を踏み込み慧を呼んだ。
「先生」
声のした方を慧が見る。すると、そこには本多の姿があった。
「まだ描いてたんか」