白に染まる、一滴の青。
「それじゃあ、またな」
「はーい」
騒ついて落ち着かない胸を落ち着かせることだけに集中し、二人が話を終えた後、こっそり壁から顔を出した慧は誰もいないことを確認すると歩き出した。
角を曲がってすぐそこにあるアトリエには、もう既にやって来ていた楓がいる。
窓から何かを眺めている彼女の背中をしばらく見つめていると、胸の高鳴りが少しずつ大きくなっていった。
「あ、来た来た。今日は珍しく私よりも遅いね」
ふいに振り向いた楓がそう言って悪戯に笑う。
振り向くと同時に、ふわりと宙に浮く黒髪。綺麗に弧を描く桜色の唇。それから、慧を真っ直ぐ見つめる綺麗な瞳。
慧は、そのひとつひとつに反応する自分の心臓の鼓動に気づいてしまった。
「慧くん、ほら、始めよう」
まるで、それが当たり前のことのように中央に置かれていた丸椅子を窓際まで運び、慧の名前を呼ぶ。
そんな楓に、慧の胸の鼓動はやはり鳴り止まない。
自分には縁がなく、この先も知ることがないと思っていたもの。そのはずなのに、この瞬間に慧は、自分が彼女に恋をしていると分かってしまった────。