白に染まる、一滴の青。
ゆっくり伸びていく本多の指先が、キャンバスに触れる。丁寧に両手で表を向けられたキャンバスには、慧が一番最初に描いた楓がいた。
窓際に置かれた丸椅子に腰をかけ、窓の外を見ている紫陽花色のワンピースを着た楓の横顔。それを見た本多は、一瞬、目を大きく見開いた。
「モデルって、もしかして経済学部の小笠原さんか?」
「あ、はい。そうです」
慧の返答に、本多は特に何もリアクションはしなかった。
自分で聞いておきながら然程興味なさそうに〝ふうん〟と言うような顔をして、ただキャンバスを眺めている。
「ええ絵や」
本多が一人、呟くように言った。
本当に何気なく、唇の隙間から零すように放たれたその一言が慧には堪らなく嬉しかった。
「岩本が好きなんは、彼女やったんか」
三日月を描くように、優しく口角を上げる。
慧が抱いている感情に気づいていたらしい本多は、やはり勘が鋭く、誰よりも慧のことを見ているような気がした。
事実を否定しても仕方がないし、本多にならバレても良いような気がしていた。そんな慧は、否定も肯定もせず、ただ恥ずかしさを紛らわすように後ろ髪を指先で掻き乱した。