白に染まる、一滴の青。
「それじゃあ……始めます」
イーゼルに立てかけられたキャンバスや絵の具がいくつも並ぶ大学内のアトリエ。その窓際で慧は昨日の彼女と向かい合っていた。
慧が描く油絵のモデルになって欲しいという唐突なお願い。それを、どうしたことか彼女は意外にもすんなり受け入れてくれた。そして、今日から慧は青春の一枚を描き始めることになったのだ。
「私、どうしてたらいい?」
昨日、慧よりも一つ上の大学四回生で、名前は小笠原楓(おがさわらかえで)と名乗った彼女は、恥ずかしそうにしながら落ち着かない様子でそう言った。
木製の丸椅子に何度も座り直したり、頬のあたりにある黒髪を耳にかけたり、下ろしたり。楓のことを全く知らない慧にも、彼女が緊張していることはすぐに分かった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。本当に、リラックスしながら座っててもらえたらあとは僕が筆を動かすだけなので」
「そう? 分かった。それじゃあ、とりあえずここに座っておくね」
「はい。ありがとうございます」
椅子に座っておくと言った楓は、じっと座ってはいるけれど、どうにも落ち着かない様子で視線をキョロキョロとさせている。
かろうじて手足は動かさないように気を張っているようだけれど、視線を慧の方にやったり、足元にやったり。視線だけが挙動不審だ。