白に染まる、一滴の青。
もっと、もっと、と貪欲になる。
初めて湧き上がってきた、自分の中にある名前のない感情。慧は、その気持ちから目を背けたい一心で筆を取ると、キャンバスに色を押し付けた。
「先輩が、誰に恋をしているのか。どんな恋をしているのか。僕には、分からないです。だけど、それでも、僕は先輩には幸せになってほしいです。そんな顔、して欲しくない」
キャンバスから、楓に視線を移す。
丸椅子に腰をかけている彼女の頬には、一筋の道をつくりながら涙が伝っていた。
「優しいね、慧くんは。きっと、慧くんに好かれてる女の子は幸せなんだろうな」
自分のことだなんて思いもしないで、慧の心に矢を刺してくる。
本当に彼女がそう思っているなら、慧に好意を寄せられている楓は、すでに幸せものなはずなのに。きっと、この好意を知ったって、彼女は幸せになんてなれないのだろう。
彼女を本当の意味で幸せにできるのは、この世界でたった一人だけだ。
「誰なんですか」
「え?」
「その、先輩の好きな人って」
彼女が、この世界でたった一人、愛して止まない人。彼女のことを、悲しませることも、幸せにすることもできる、憎くて羨ましい人。
それは、一体どんな人なのだろう。
「秘密」
楓は、人差し指を唇の前に置いて、少しだけ笑う。
ここはまだ、自分の踏み込んではいけない領域だったんだと感じた慧は、何も言わずに筆を握りしめる力を強めると、また絵を描き進めた。