白に染まる、一滴の青。
「ありがとう」
まさか、生田からもそんな言葉を貰えるとは思わなかった慧の口角は少しだけ上がった。
いつも真剣に、だけど淡々と絵を描いている印象の生田さん。絵画コースの誰とでも当たり障りなく、上手くコミュニケーションをとっている彼女だけれど、まさか、自分に向けてこんな言葉を発するとは慧は一ミリも思わなかった。
「……でも」
また、キャンバスに視線を戻した生田がそう零した。
「でも?」
「どれも全部、横顔なんだね」
不思議、と言って笑った彼女の言葉に、慧はハッとした。
確かに、慧の描いた絵は生田の言った通りどれもアトリエの窓の外を眺めている楓の横顔ばかり。今描いている、初めて出会ったあの日の景色だって、アトリエ前の廊下の外を眺めている楓の横顔だ。
「ごめんね、邪魔しちゃって。コンクール用の油絵も頑張って」
「あ、うん。生田さん、ありがとう」
ひらひらと右手を振った生田は、戸惑う慧に構うことはなく自分のキャンバスが置かれた場所まで去っていった。